礼拝アーカイブス

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2017年6月の礼拝

陽暦2017年6月25日の礼拝


天一国食口礼拝
天一国五年天暦閏5月2日 (陽暦2017年6月25日)

説教者:蔡 東朴教会長
 「 創造本然の知、情、意と 美、真、善 」

「 天一国經典天聖經 第十一篇 礼節と名節 第一章 侍る生活 第一節 侍る生活 P.1165 」
1これから、皆さんは、侍る生活をしなければなりません。今までは信じることによって救いを得る信仰生活をしましたが、これからは侍ることによって救いを得る時代です。本来、人間が堕落しなかったならば、神様に侍る道を行くのです。侍るときは、皆さんの生活と心で侍らなければなりません。皆さんがどこかに行くとき、必ず前には真のお父様が、後ろにはお母様がいることを感じなければならず、左右と上下には必ず天が共にあることを感じなければなりません。
 統一教会員たちが何かの公的な責任を負い、任務を遂行するに当たって難関にぶつかり、独りでは解決できない問題があるときは、水を浴びて心身を清め、天のみ前に祈りながら問い掛ければ、教えてくれるようになっているのです。皆さんの心情の程度が、天の標準とする基準まで行っていないために教えてくれないのであって、その基準まで行けば教えてくれるようになっているのです。すべてのものを委ね、祈る気持ちをもってそこにぶつかれば、直感を通して自らの行く方向を提示してくれるようになっています。
2これからは、侍って暮らす侍義時代です。侍ることによって救いを得るのです。今までは蕩減によって救いを受けました。天に侍って暮らせる侍義時代に入らなければなりません。神の国がなければならないのです。イエス様は、国がなかったために追い出されたのです。皆さんも同じです。先生のみ言をつかんで、歩んでいかなければなりません。み言を否定するサタンの権勢はありません。神様を中心として、そのみ言と霊界と歩調を合わせ、実体的家庭ができていれば、その家庭を中心として、いくらでも拡張できるのです。家庭がないのに、国がどのようにしてできますか。私たちの家庭から私たちの氏族が生じ、私たちの氏族を中心として私たちの国が生じ、世界が自動的にできるのです。その版図が、祝福を受けた家庭を通して形成されるのです。



陽暦2017年6月18日の礼拝


天一国食口礼拝
天一国五年天暦5月24日 (陽暦2017年6月18日)

説教者:安榮燮教区長
 「 安榮燮教区長 み言映像 」

「 アジア・太平洋 世界平和青年学生連合創立式 天一国5年天暦5月19日(陽6.13) インパクト・アリーナ 」 真の父母様のみ言 今日私たちはアジアの未来の希望を見ています。孝情の心情文化の主役となる、きょう集った1万2千名の青年がひとつとなり、真の父母様によって開かれた太平洋文明圏時代に、力強い潮流に乗り、世界に出て行く時、皆さんが世界万民の前に灯火であり、光であり、救世主となるのです。そのようにしますか? 天国は家庭が入る場所です。夫と妻、家族がともに入るのが天国です。そのような世界となるならば、私たちは青少年の脱線に対して、心配する必要がありません。環境圏が本心の作用により、自ら悟り、天の前に孝情の心情文化圏で暮らすようになるからです。そのような世界のために、きょうここに集まったアジアの若い青年たちが、世界の前に堂々と立つ先駆者となり、主役となるよう願います。 私たちが願うひとつの世界!遠くにあるのではありません。私の家庭から、私の国から、真の父母様の「ために生きる真の愛」を実践するとき、まさにそれが地上天国なのです。今私たちは真の父母様を中心とした一家族です。天の父母様の夢、人類の願いが実現される、神様を中心とした人類一家族のその日に向けて、皆さんが力強い足取りで勇進することを祝願します。


陽暦2017年6月11日


天一国食口礼拝
天一国五年天暦5月17日 (陽暦2017年6月11日)

説教者:蔡 東朴教会長
「 創造本然の価値 」

「 天一国經典天聖經 第八篇 信仰生活と修練 第三章 真の父母に似るための信仰生活と路程 第三節 真の父母を通して生まれ変わる路程 P.900~901 」

12堕落性を脱ぐのは、決して容易なことではありません。数年、あるいは数十年の間に育まれた習慣である酒やたばこをやめるだけでも、二転三転するのが堕落人間の姿です。数千、数万年の間、血統に乗じて根を下ろしてきた堕落性を脱ぎ捨てることが、どうして容易なことでしょうか。人間の努力だけでは絶対に不可能なことです。神様を絶対信仰する基準において、縦的な軸として立てて侍りながら、一生身もだえしても難しい闘いです。神様を自分の父母や子女以上に絶対的に愛する境地で、真の父母として侍っていかなければ、考えることすらできないことです。
13神様が何かを決定するときは、必ずカインとアベルを立ててするようになります。カインを通してでも教えてくださることがあるのです。このような立場から見るとき、悲しみも、苦痛も、死の道も、自分が開拓しなければなりません。自分が最後まで耐え、開拓して越えていくのが復帰の道です。ですから、イエス様も十字架で亡くなってから復活して勝利の基台を立てておき、聖霊を送りました。ここでキリスト教を立てて世界的な出発をするようになったのです。
14世界で完全にカイン・アベルの基準が形成され、一つの主権をもつ理想国家を形成するようになるとき、初めて神様の永遠無窮な理想的地上天国が建設されるのです。統一教会は、そのために前に進まなければなりません。先にカインを導き、その次には父母様の行く道の足場にならなければなりません。父母様の行く道のために、常に足場をつくらなければなりません。皆さん自身がカイン・アベル家庭をつくり、カイン・アベル氏族をつくり、カイン・アベル国家基準を中心として進むことのできる基盤を発展させることができてこそ、その基盤を通して父母様が世界に進むことができるというのです。
15キリスト教は、最後に一緒に残ることができる兄です。ですから、この兄と一つにならなければ、死を避ける道がありません。私たちは、そのような運命に置かれています。神様は、何を望むのでしょうか。統一教会とキリスト教が手を握らなければなりません。なぜなら、原理がそうだからです。カインとアベルが一つになってこそ、父母が登場するのです。カインとアベルを通して父母が復帰されるのです。  カインとアベルが争って決裂することによって、父母も落とし穴に落ちたので、カインとアベルが世界的基準で一つになってこそ、世界的氏族基盤を中心とした父母が出現します。そのようになれば、民主世界にはその統一された基準から一時に世界的な勝利の基盤が広がるのです。

陽暦2017年6月4日の礼拝


天一国食口礼拝
天一国五年天暦5月10日 (陽暦2017年6月4日)

説教者:蔡 東朴教会長
「 2020vision勝利の為の 還元祈願礼式・礼拝 」

「 天一国經典天聖經 第八篇 信仰生活と修練 第二章 心と体の修練 第六節 心と体の統一のための生活 P.886~887 」

4信仰生活は副業ではありません。本業の中の本業です。人に会っても、「私」が会うその人に今、み言を伝えなければ、その人が帰る途中でどうなるか分からないのです。その人がほかの人でなく、自分の父母や兄や姉だと考えなければなりません。機会を逃したときは、「み言を伝えなければならないのに、私が忙しくて申し訳ない。“いつかもう一度会いましょう」と挨拶だけでもして、条件を残していかなければならないのです。
5伝道は、生命を接ぎ木することなので、簡単ではありません。それで、一人についても精誡を尽くすのです。皆さんは、一生をかけて、何人に精誡を尽くしてみましたか。自分のために精誠を尽くしてくれる人が多いといって誇ってはいけません。精誠を尽くす人は福を受けますが、精誠を尽くしたものを受ける人は、福を受けられません。ですから、私が精誠を尽くしてあげなければなりません。精誠を尽くしてあげたのに、彼が言うことを聞かないと寂しく思ったり、悲しいと考えたりしてはいけません。天理の原則がそのようになっていると思いなさいというのです。そのようにできる人は絶対に悲しんだり、寂しく思うことがありません。
6伝道は、出産するのと同じです。先生が経験してみると、一人の人を自分の息子以上に信じることができる人にするためには、息子を生むより三倍の努力が必要だというのです。伝道した以後にも責任をもたなければなりません。ほかの道に行った人が再び戻るには、衝撃的な感動を受けて涙を流すか、自分自ら悔しさや無念さを感じるか、今まで感じることができなかった心情が爆発する出来事が起こらなければならないのです。
7伝道は誰のためにするのでしょうか。神様のためにし、人類のためにするのですが、「私」の息子、娘のために、そして私のためにするのです。私たちのためにするのです。ですから、誰も恨むことはありません。自分を恨まなければなりません。誰かに「しなさい」と言うのではなく、私がしなければなりません。そうしてこそ、私たちが願った生きる所が生じるのです。
8伝道は、おなかのすいた人が御飯を求めるように実践しなければなりません。おなかがすいたときに御飯の貴重さが分かるように、そのような心をもってやってこそ、霊界からも協助して対象者ができるのです。本業としてしなければなりません。最も重要なものが信仰生活です。

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